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大阪地方裁判所 昭和33年(行)42号 判決 1960年7月29日

原告 庄川淑子

被告 布施税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和三〇年四月一一日附でなした原告の昭和二四年度分相続税についてその税額を金三〇九、二七〇円とした更正処分は金二四五、〇六〇円を超過する部分が無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、原告は父庄川庄造が昭和二四年一二月一一日死亡したので、母庄川堂美(昭和二六年三月一四日死亡)、弟庄川武男、妹山県佳鶴の三名とともに、その遺産を共同相続したのであるが、原告は昭和二六年三月二六日被告に対し、原告の右相続による相続税についてその課税価額を金五九七、五九二円、税額を金二四五、〇六〇円と申告したところ、被告は原告に対し、昭和三〇年四月一一日附で「不表現資産に脱漏ありたるによる」との理由で課税価額を金五九五、五九五円、税額を金三〇九、二七〇円と更正し、ついで昭和三一年一二月二〇日附で「遺産分割協定のとおり各々持分に更正した」との理由で課税価額を金六〇三、六五〇円、税額を金三一七、九八〇円と再更正したが、昭和三三年一一月二一日附で「再更正は時効期間経過後にした無効のものである」との理由で右再更正処分を取消した。しかし、右更正処分は税額三〇九、二七〇円のうち申告税額二四五、〇六〇円を超過する部分が次の諸理由により当然無効である。すなわち、

一、本件更正処分はその効力発生前、すなわちその通知書が原告に到達する前に申告税額二四五、〇六〇円を超過する部分についての課税権が時効消滅した瑕疵がある。原告の昭和二四年度分相続税に関する租税債務は、被相続人たる庄川庄造が死亡した昭和二四年一二月一一日に課税要件を充足し、その成立をみたのであるが、相続開始当時の相続税法(昭和二二年法律第八七号、以下「当時の相続法」という)第三八条によれば「相続開始後四箇月以内に」申告書を提出しなければならないとされ、同法第四五条第二項によると「申告書を提出しなかつた場合においてはその調査によりその課税価格を決定する」と定められているから、租税債務の消滅時効、すなわち課税権の消滅時効は右申告期限の経過と同時に進行し、時効期間五年の満了日である昭和三〇年四月一一日の経過と同時に消滅時効が完成するものなるところ、原告が本件更正処分の通知を受領したのは昭和三〇年四月一一日の後であつて、仮りに公法上の債権についても民法第一四五条の適用があるとすれば、原告は本訴において時効を援用したから、本件更正処分は、申告税額二四五、〇六〇円を超過する部分についての課税権が時効消滅した後に成立した瑕疵がある。

二、本件更正処分は前記再更正処分により当然無効に帰したものである。相続税の再更正処分は当初の更正処分をそのままとして不足額だけを追加するものではなく、調査により判明した結果に基いてあらためて総課税価格を決定するものであるから、当初の更正処分は再更正処分によつて当然消滅に帰したものと解すべきところ、前記のとおり、被告は原告の昭和二四年度分相続税について再更正処分をなしたものであるから、本件更正処分は当然無効に帰したものというべく、右再更正処分が取消されたからといつてその取消処分によつて当然に当初の本件更正処分が再び効力を発生するに至るものでない。

三、本件更正処分の通知書には理由附記不備の瑕疵がある。本件更正処分の通知書(甲第一号証)によれば、原告の昭和二四年度分の相続税についてその課税価格を金五九五、五九五円、税額を金三〇九、二七〇円と記載し、原告の申告額と比較すると、課税価格については金一、九九七円の減額、税額については金六四、二一〇円の増額となつているが、その更正理由としては「不表現資産に脱漏ありたるによる」と附記されているにすぎず、右通知書の記載それ自体からは課税価格を減額されているのに何故に税額が増額されるのか知る由もないのであつて、本件更正処分の通知書には理由附記不備の瑕疵がある。

四、本件更正処分は課税価格と税額についてなされているが、右は当時の相続法第四五条第一項の規定に違背するものである。当時の相続税法第四五条第一項によれば、課税価格の更正をなしうることを定めるのみで現行相続税法第三五条が課税価格と税額について更正をなしうることを定めているのと明らかに異つている。現行法のように税額について更正を認めている場合であれば、本件更正処分によつて有効に税額の増額更正がなされたといいうるであらうが、課税価格の更正のみを認める旧法の下においては、課税価格の増額更正がなされたということは原告に対しなんらの通知もなく、仮りに課税価格について増額更正がなされたとしても原告に対しその効力を生ずるいわれはない。むしろ、原告に対しては課税価格の減額の更正がなされているのみであつて、税額について増額をなしうべき根拠は全くないといわなければならない。

本件更正処分は、右のような瑕疵があり、しかもその瑕疵は重大かつ明白なものであるから、税額三〇九、二七〇円のうち申告税額二四五、〇六〇円を超過する部分は当然無効である。よつて、原告はその旨の確認を求めるため本訴請求に及んだと述べた。

(証拠省略)

被告指定代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として、原告の父庄川庄造がその主張の日に死亡し、原告とその主張する訴外人三名がその遺産を共同相続したこと及び原告主張の如き経過でその主張の如き申告、更正処分、再更正処分、再更正取消決定が順次なされたことは認めるが、原告の主張する無効原因はすべて争う。すなわち、

一、原告は、本件更正処分がその効力を発生する前、すなわちその通知書が原告に到達する前に申告税額二四五、〇六〇円を超過する部分についての課税権が時効消滅したと主張するが、本件更正処分の通知書は消滅時効完成前である昭和三〇年四月一一日原告の住所に到達しているのであつて、その到達の時に通知の効力すなわち更正処分の効力が発生したことになるから、原告の右主張は理由がない。

二、再更正処分により更正処分が当然に消滅するものではない。原告は、再更正処分により本件更正処分が当然に消滅に帰したと主張するが、再更正処分によつて更正処分が消滅に帰するのは、あくまでも再更正処分が有効であり、その内容が更正処分の内容を変更する意味を持つている場合にかぎられる。ところで、本件再更正処分が無効であることについては当事者間に争がなく、租税債務の消滅時効期間経過後になされた再更正処分が重大かつ明白な瑕疵のある無効な行政処分であることは疑問の余地がないから、無効な再更正処分によつて更正処分が消滅に帰するいわれがない。

三、原告は、本件更正処分の通知書には理由附記不備の瑕疵があると主張する。しかし、更正処分についても当時の相続税法が適用されるべきことは昭和二五年法律第七三号附則(4)(5)により明らかであるところ、当時の相続税法では、更正処分の通知書にその理由を附記することが要件とされておらず、同法第四五条第一項、第四六条第一項によれば、申告にかかる課税価格が被告の調査したところと異るときはその調査により課税価格を更正して通知すればたりるものである。仮りに理由の附記が要件とされているとしても、青色申告に対する更正処分等のように所定の帳簿書類の記帳を否認するものでないので、そのような具体的な理由の記載を必要としないのであつて、本件更正処分の通知書には「不表現資産に脱漏ありたるによる」という説明と「課税価格」「税額」の数字の記載があるから、この程度で必要な理由の附記があるものといえる。仮りに理由の附記が不十分であるとしてもその瑕疵は無効原因にあたるものでない。

四、原告は、当時の相続税法第四五条第一項によると課税価格を更正できると定めるのみで、現行法のように課税価格に税額の更正をすることができないところ、被告が課税価格と税額を更正したのは違法であると主張するが、当時の相続税法第四五条第一項は、同法第三八条が税額を申告書の記載事項としなかつたから、更正事項についても右のような法文となつたものにすぎないのであつて、被告は課税価格と税額について更正することができるのである。けだし、税額は直接に行政処分によつてきめられるものでなく、課税価格が定まることによつて法律上機械的に算出されるものであるという考えから申告書等の記載事項とされなかつたのであるが、その記載が便利であり、許されるべきことは当然であるからである。そして、申告書に税額が附記されていた場合、課税価格を更正すればその税額が変るのでその更正ができると解すべきことは当然であつて、これを制限的に解すべき理由は全くない。

以上のとおり、本件更正処分には原告の主張するような瑕疵はないのであるから当然無効とはならないのであると述べた。

(証拠省略)

理由

原告の父庄川庄造が昭和二四年一二月一一日死亡し、原告とその主張する訴外人三名がその遺産を共同相続したこと及び原告主張の如き経過でその主張の如き申告、更正処分、再更正処分、再更正取消決定が順次なされたことはいずれも当事者間に争がない。そこで右更正処分に原告の主張するような無効原因があるか否かについて判断する。

まず、本件更正処分がその効力を発生する前、すなわちその通知が原告に到達する前に申告税額二四五、〇六〇円を超過する部分についての課税権が時効消滅したとの原告の主張について検討する。一般に租税債務の成立時期、すなわち課税権の成立時期は各種の税法の定めるところによつて一定しないのであるが、随時税に属する相続税の租税債務は課税要件の充足、すなわち課税原因の発生した時に成立するものと解すべきであるから、原告の昭和二四年度分相続税に関する租税債務、すなわちその課税権は、被相続人たる庄川庄造が死亡した昭和二四年一二月一一日に成立したものというべきところ、相続開始当時の相続税法(昭和二二年法律第八七号、以下「当時の相続税」という)第三八条によれば「相続開始後四箇月以内に」申告書を提出しなければならないとされ、同法第四一条第一項には、同法第三八条による「申告書に記載された課税価格に対する相続税は申告書の提出期限までに納付しなければならない」とされ、同法第四五条第二項によると「申告書を提出しなかつた場合においてはその調査によりその課税価格を決定する」と定められているから、課税権者は右申告期限内においてはその権利を行使しえず、右申告期限の経過によりその権利を行使しうるものである。従つて、原告の昭和二四年度分相続税に関する租税債務、すなわちその課税権の消滅時効は、課税権者がその権利を行使しうるに至つた右申告期限の経過と同時に進行し、途中時効中断の事由なきかぎり、会計法第三〇条に定める消滅時効期間五年の満了日である昭和三〇年四月一一日の経過と同時に消滅時効を完成するのである。そして、当時の相続税法第四六条第一項によれば、更正処分をした場合には、政府(税務署長)はこれを納税義務者に通知すべきことになつており、その法意はこの通知書を送達してはじめて更正処分が成立する旨を規定したものと解すべきであるから、本件更正処分の通知書が昭和三〇年四月一一日を経過した後に原告に送達されるにおいては、本件更正処分は課税権の時効消滅後に成立したものとなり、その内容における瑕疵は重大かつ明白であつて、その処分を当然無効たらしむるものである。ところで、原告は本件更正処分の通知書が昭和三〇年四月一一日経過した後に原告に送達されたとなし、本件更正処分は、申告税額二四五、〇六〇円(この部分については申告により時効中断した)を超過する部分については、その成立前課税権の消滅時効が完成したことより、当然無効であると主張するに対し、被告はこれを争い、右通知書は昭和三〇年四月一一日原告に送達されたと主張するので判断すると、証人北野卯三郎の証言により真正に成立したと認める乙第一号証、証人山県駒夫の証言により真正に成立したと認める乙第三号証、証人北野卯三郎、同庄川美代子、同山県駒夫、同庄川武男(後記措信しない部分を除く)の各証言及び原告本人尋問の結果によれば、被告の係官北野卯三郎は昭和三〇年四月一一日原告に対する本件更正処分通知書及び納税告知書各一通を持参して、当時原告が庄川武男と同居していた大阪市住吉区帝塚山中二丁目八六番地に赴き、同日右庄川武男にこれを交付したことを認めることができ、証人庄川武男の証言中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして措信できず、他に右認定を左右する資料はないから、本件更正処分通知書及び納税告知書は昭和三〇年四月一一日名宛人たる原告の住所に送達され、社会観念上、現実に了知しうべき客観的状態を生じたというべきであつて、たとい原告が一身上の都合でたまたま了知しなかつたとしても、右日時に当時の相続税法第四六条第一項にいう更正処分の通知をうけたものと解すべきである。してみると、本件更正処分は、右の通知によつて、課税権の消滅時効完成前にその効力を生じ、具体的な租税債務を確定したものであり、かつ、前記納税告知書の送達によつて課税権の消滅時効は中断したのであつて、その後その徴収権が時効により消滅したことについての主張も立証もないのであるから、この点についての原告の主張は理由がない。

つぎに、原告は、本件更正処分は被告が昭和三一年一二月二〇日附でなした再更正処分により当然無効に帰したと主張するが、当時の相続税法第四五条第四項による再更正処分は当初の更正処分をそのままとして不足額だけを追加するものではなく、調査により判明した結果に基いてあらためて総課税価格を決定するものであるからら、当初の更正処分は再更正処分によつて自然消滅に帰するものと解すべきであるけれども、当初の更正処分が再更正処分によつて自然消滅に帰するのは、再更正処分が決定の要件を具備し、有効にその成立をみた場合であることはいうまでもない。ところで、再更正処分は更正処分又は決定処分にかかる課税価格に脱漏があることを発見したときに、その総課税価格について確定する処分であるから、もし脱漏部分についてその課税権が時効消滅に帰している場合にあつては、再更正処分をなす法律上の前提要件を欠缺するものというべく、これを看過誤認してなした再更正処分はその内容において重大かつ明白な瑕疵があり、その処分を当然無効たらしむるものと解するを相当とするところ、原告の昭和二四年度分相続税についての租税債務、すなわちその課税権は、本件更正処分により確定した税額三〇九、二七〇円を超過する部分については、既述したところにより明らかなとおり、昭和三〇年四月一一日を経過すると同時に消滅時効が完成したのであるから、これを看過誤認して課税価格に脱漏ありとしてなした本件再更正処分はその全部を当然無効たらしむるものである。従つて、無効な再更正処分によつては本件更正処分が自然消滅に帰するいわれはないのであるから、この点についての原告の主張も失当である。

また、原告は、本件更正処分通知書には理由附記不備の違法があると主張する。本件更正処分通知書には、原告の昭和二四年度分相続税について、その課税価格を金五九五、五九五円、税額を金三〇九、二七〇円と記載し、その理由として「不表現資産に脱漏ありたるによる」と附記されていることは当事者間に争がなく、右記載自体から観察するときは、原告提出にかかる申告書記載の課税価格には「不表現資産に脱漏」があるとして、その課税価格を増額した趣旨に理解できるところ、原告の申告額と比較すると、課税価格について金一、九九七円の減額、税額について金六四二一〇円の増額となつているのであつて、本件更正処分通知書に附記された「不表現資産に脱漏ありたるによる」との理由には明らかに誤謬があるというべきである。ところで、更正処分は当時の相続税法第四五条第一項によれば、政府(税務署長)がその調査により独自の立場で行う処分であり、課税価格のほか処分の理由を示すことは法の要求するところでないから、本件更正処分通知書に課税価格とこれに対する税額が記載されている以上、たまたま附記された理由に右の如き誤謬があつても、その欠点は重大かつ明白な法規違反であるということができず、本件更正処分を当然無効たらしむるものではない。従つて右と異る原告の主張は採用できない。

最後に原告は、本件更正処分は課税価格と税額についてなされているが、右は当時の相続税法第四五条第一項の規定に違背する旨主張するので検討する。改正後の相続税法(昭和二五年法律第七八号)第二七条第一項、第三五条第一項によれば、納税義務者は課税価格と税額について申告し、税務署長は課税価格と税額を更正しうる旨を定めているに対し、当時の相続税法第三八条第一項、第四五条第一項によれば、納税義務者は課税価格について申告し、政府(税務署長)は課税価格を更正しうる旨定められているから、当時の相続税法によれば、納税義務者は課税価格を申告し、これに対する税額を納付し、政府(税務署長)は課税価格を更正し、これに対する税額について納税告知すればたるのである。しかし、当時の相続税法も改正後の相続税法も申告納税制度を採用しているのであつて、右のような法形式を異にするところがあつても、いずれも申告、更正が具体的な租税債務、すなわち具体的な納税義務を確定することにかわりはないから、当時の相続税法のもとにおいては、納税義務者が課税価格を申告することによりこれに対する税額を確定しようとすれば、政府(税務署長)は調査により脱漏部分を発見すれば、申告課税価格を更正することによりこれに対する税額を確定しうるのであり、もし納税義務者が課税価格税価格と税額を申告して確定しようとすれば、政府(税務署長)は申告課税価額に脱漏部分がなくその更正の必要がない場合にあつても、申告税額に誤謬があれば、納税義務者はその申告税額を以て具体的な租税債務、すなわち具体的な納税義務を確定しようとしたのであり、申告により当然には確定するものではないから、その申告税額を適正な税額に更正しうるものと解すべきである。本件更正処分は、課税価格を申告額より金一、九九七円減額して金五九五、五九五円となし、これに対する税額は申告額より金六四二一〇円を増額すべきであるとしたから金三〇九、二七〇円となしたものであつて、右と異る原告の主張は理由がない。

従つて、原告の主張はいずれも理由がないから、被告が税額三〇九、二七〇円としてなした本件更正処分が申告税額二四五、〇六〇円を超過する部分において無効であることの確認を求める原告の本訴請求は失当であつて、棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小野田常太郎 阪井いく朗 池尾隆良)

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